た」は底本では「顱はせた」]。が、俯向いたまま、何故か堅く唇を噛み締めてゐた。
「何か隱してゐるね?」
「いいぇ……」と、女は上眼遣ひに私を見上げた。おびえてゐるやうな視線だつた。そして、顏には血の色が消えてゐた。
 私は疑ひを深めながら、何故かだんだんに身ずくみして行くやうな女の姿を頭越しにぢつと見守つてゐた。そして、互に長い沈默を續け合つた。と、凝りついたやうに動かなかつた女は、やがて靜に顏を上げた。その眼は一杯に涙ぐんでゐた。
「私はあなたのやうな方に初めて會ひました……」と、女は不意に云つた。
「え?」
「あなたは親切な人です。」
 私は返す詞もなく女を見詰めた。
「いいえ、外の人はみんな直ぐに私の體を求めます。――あなたのやうな人はありません……」と、女は私の視線を遁れるやうに顏を反けて、聲を顫はせながら云つた。そして、暫くすると、突然机の面に身を投げ伏せて、啜り泣き始めた。
 私は浮びかかつた苦笑を苦苦しく噛み殺した。
「一體、どうしたと云ふんだ?」と、たまり兼ねてとうとう立ち上つた私は、女の側に近附きながら訊ねかけた。
 女は力なげに身を起した。
「ほんとは、ほんとは夫と
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