に日本語を呟いて、女は硬張《こはば》つた作り笑ひをその澤《つや》のない顏に浮べた。そして、私の前に引き寄せた椅子の上に火鉢を降すと、それを挾んで私と向ひ合せに腰を降した。
 私は塵の浮いたテエブルの面に眼を落したまま、身動きもせずに默りこんでゐた。が、さうした故意とらしい女の仕草が油斷を作らせるためではないか知らと思ふと、私は警戒の氣持を弛める譯にはいかなかつた。互にこだはり合つた、ぎごちない沈默が續いた。と、やがて女はかざしてゐた手の指先で火鉢の縁をこつこつ彈き始めたが、暫くしてひよいと顏を上げながら、
「外套をおぬぎなさいな……」と、變に調子のもつれた聲で囁いた。
 それには答へずに、私は探るやうに女の顏を見詰め返したが、何時の間にかそれは化粧し直されてゐた。そして、痩せてこそゐるが、人の好きさうな、小作りな顏に、素人らしい臆病さで媚びるやうに見開かれてゐる二つの眼には[#「眼には」は底本では「眼にば」]、何の邪惡の影も見えなかつた。火ぼこりをかぶつた髪、紅の曇つた唇、上着の間からのぞいた粗い襟足、よごれのついた更紗の上着、毛のすりきれた茶羅紗のスカアト――若い異性らしい魅力を喪つ
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