はひつそりとなつてしまつた。
「誰がゐるんだらうか?」と、私は心の中にこはごは呟いた。と、刹那に或る人から聞かされてゐた西洋の「美人局《ブラツク・メリイ》」の話が不意に頭の中に閃いた。私はぎくりとした。
やがて私はそつと椅子から立ち上つた。そして、女のはいつて行つた扉の方へあるきかけた。が、ぎしりと床にきしつた自分の靴音を感じると、足はそのまますくんでしまつた。動氣が高まつて來た。神經が針のやうに尖がつて來た。私は體の動きに迷ひながら、入口の扉の方をぢつと眺めてゐた。
が、間もなかつた。よろめくやうな足音が再び聞えたのにはつとして振り返ると、隣の部屋の扉が靜にあいて、その陰に瀬戸火鉢を抱へた女の姿が現れた。火鉢の中には今燃やしつけたばかりらしい木片がけぶつてゐた。瀬戸火鉢と西洋婦人と、それは如何にも奇妙な、同時に如何にも貧乏くさい感じを與へる對照だつた。張り切つてゐた氣持はふと弛んだ。そして、私は怪訝の眼を女の姿に投げかけた。と、女は何故か憚るやうにあわてて扉を締めて、置いた火鉢を抱へ直すとけむつぽい顏を横に曲げながら、私の側に近寄つて來た。
「たいへん、寒い……」と、てれ隱すやう
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