「さあ其處で、糞つ――と、僕が度胸を極めたから話が面白くなるんだ。尤も其處からなら番町の下宿までさう遠くもないと思つたし、それに何と云つても酒のつけ元氣さ。で、電車がぎいつと止まつて、女が降りたのを見ると、僕はわざと運轉手臺から降りたんだ。處が君、女の樣子を見ると、僕の降りたのをちやんと知つてるらしいんだ。そしてすたすたと舊見附の方へ這入つて行くぢやあないか。僕は流石に氣がさしたので、新開の鐵橋の方へ歩きかけたんだが、そのまま樹蔭から女の後姿を見てゐると、やつぱり此方を振り返り振り返りするんだ。其處でとうとう第二の決斷は僕をして、舊見附の方へ足を進ませるに至つたんだね。」
「S中尉|冒險《アバンチウル》の始まり……」
 と、誰かが思はず聲を擧げました。
「何だか咽喉が渇いたよ。」
 と、少し調子づいて、喋舌《しやべ》り續けてゐたS中尉は、その聲にふいと言葉を途切つて、一すすり番茶をすすると、また始めました。四人の眼が好奇心に輝いてゐたのは云ふまでもありません。
「女は舊見附を越すと、あの松の生えた濠端《ほりばた》の、暗い、寂しい道へ平氣で這入つて行くぢやあないか。君、考へて見給へ。
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