いんだ。」
「結構、結構……」
 と、一人が囃し立てました。
「さう半疊を入れるなよ。とに角まだ一月ばかり前のほやほやな話なんだ。何でも四谷の大番町にゐる友達を訪ねて、僕が大通りから九段兩國行の電車に乘つたのは丁度夜の八時過ぎだつたと思ひ給へ。中は好い工合に空いてゐて、釣革にぶら下がつてゐる人もなかつたので、僕は直ぐ中程の座席の隙へ腰を降したんだ。友達の家で飲んだ酒の醉ひはまだ醒めてゐなかつた。處でひよいと顏を上げて筋向うの座席を見ると、馬鹿に綺麗な女がゐるぢやあないか。而もその途端に向うも此方《こつち》を見て、ぱつと視線がぶつかつたのさ……何しろその時、僕ははつと思つたよ。二十三四の女盛りで、艶艶した庇髪の陰から覗く、黒味勝ちな眼に馬鹿に charm があるんだ。何と云ふのか知らないが、服装《なり》も素敵に凝つてゐたよ。」
「此奴《こいつ》あ、面白い……」
 と、Yは慓輕に膝を乘り出しました。
「とに角すつかり僕は氣になつてしまつてね、電車が止まつてまた動き出す、ひよいと向うを見ずにはゐられなくなる。處がまた妙に向うが此方を見るんだ。そして拍子を合せるやうに視線がぶつかる。まるで無線
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