がだんだんに沈んで來て、中にもHは自分の話半ばに眼に涙を溜めてゐました。
「どうも皆《みんな》はなかなか話が豊富なんだな。」
と、四番目の話手に當つたS中尉が頭を掻きながら云ひました。
山の手の屋敷町にあるMの家は、募つてくる夜の寒さに軋む雨戸の音さへ身に染む程の靜けさで、殊に主屋《おもや》と離れたMの書齋は、家人との交渉もなく、思ひのままに話は進むのです。そして夜も大分更け渡つてゐましたが、皆《みんな》は時の移るのも忘れ勝ちでした。時時、遠くから交叉點を横切る電車の響が、鈍く、寂しく聞えてくるのです。
「さあS、君の番だぞ……」
と、自分の物語を終つたHは、煙草の烟の輪を吹きながら興奮した面持《おももち》でせき立てました。
「皆《みんな》の話が馬鹿に詩的なんで驚いたよ。おまけに後は君だらう……」
と、S中尉はピンと撥ね上げた、少し貧弱なカイゼル髭を撫でながら、私を見て皮肉に笑ふのです。
「馬鹿あ云ひ給へ。君にだつて君の領分があるぢやあないか……」
と、私も笑ひ返しながらせき立てました。實を云へば、皆《みんな》の眼の一致する處、一座の中でS中尉が一番さうした[#底本では「さし
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