にもありませんでした。
 寒さの隨分嚴しい晩でしたが、しつきりなしに喫《ふ》かす煙草の烟や、Mのお母さんの心添への伊太利亞ベルモットの醉ひに、皆《みんな》の顏は赤く染まり、何となく座が浮き立つてゐました。それに何と云つても血氣盛りな、若若しい人達の集りです。自分の生活や爲事の話、行先の希望、人生觀などと話題に興が乘つて、やがて結婚や女性問題が話の中心に進んで來た時です。
「どうだい。久し振りの罪滅しに戀愛に關する告白をし合はうぢやないか……」
 と、座の一人が提議しました。
「賛成、賛成……」
 と、調子づいてゐた皆《みんな》は、直ぐにその提議に和したのです。
 初めの話手はMでした。彼は法科大學生らしい口調と、少し眞面目過ぎるやうな態度である年上の女との戀を語りました。次に商店の番頭のYは、非常にセンチメンタルな調子で、ある娼婦と心中未遂に到るまでの捨て鉢な戀の告白をしました。其處には流石に世間の苦勞を甞め盡して來た男らしい眞實味がありました。温厚で、純で、そして一番年弱だつた技手のHは、少し顏を赧らめながら、或る海軍將官の娘に對する片戀の痛みを物語りました。非常にはしやいでゐた一座
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