傳はつてくる氣持なんてないんだ。とに角狐につままれたと云ふにしても、話があんまりうま過ぎるぢやないか。
『今夜はどうしたんです。』
 と、僕が聞くと、なんでも今はその濠端の或る華族の家へ、臨時の奥女中とかに雇はれてゐるのださうで、その晩はちよつと自分の家まで行つた歸りがけだつたんだね。そしてわざわざ自分の名前と、その雇はれてる家の電話番號まで教へて、用があつたら掛けろつてまで云ふのさ。驚いてしまつたよ。何しろ、あんな大膽――さう云ふのかな、大膽な女に會つたのはそれこそ生れて初めてなんだからね……」
「よくその晩、連れ出さうと云ふ氣にならなかつたね。」
 と、Yが少しからかふやうな調子で云ひました。
「まさか、さうも行かないさ。此方が何しろ弱味なんだからね。それに僕としては體面もあるから、さう馬鹿なことも出來ないよ。さうさう、それから君、話の最中に自分の指輪を僕に遣らうとまで云ひ出したんだぜ。僕にはよくは分らないが、きらきら光る寶石入りで、それが安い物でなかつたことだけは確だ。然し、其處まで圖圖しくは流石になれなかつた。そして指輪は強ひて返したが、見も知らない他人の僕に對して、どうしてそ
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