んでも女はT女學校の出身で、家は目白だとか云つてゐた。そして十九の時かに、下谷邊のある株屋の家へ嫁いだのださうだ。初め夫は非常にその女を愛してゐた。で、翌翌年かに男の子を産んだ處が、不幸にして半年目かにそれが疫痢に犯されて、とうとうK病院で死んだんださうだ。すると、もうその時分から夫の彼女に對する愛情は冷えてしまつて、藝者狂ひは始めるし、家では姑にいびられて、とどのつまりが離縁と云ふのさ。全く可哀想になつたよ。そして僕がしんみり聽いてやつてると、繰り返し繰り返し夫や世間に對する怨み言を訴へたり、女は弱いものだ――なんて云ふんぢやないか。
『世間て、どうしてこんなに薄情なんでせうね。私程不幸なものはない――と、時時さう思つて、悲しくなりますの……』
 と、大に同情を求めて、仕舞ひには身を震はして泣き出すんだ。いささか持て餘したね。そして勿論はつきりしたことを云つたわけぢやあないが、僕が軍人であることをほのめかすと、
『軍人の方は頼もしい。』
 などと云つて、僕の手を執つて、何度か接吻《キツス》したりするんだぜ。そして君、ぴつたり凭せてゐるその柔かい肩の肉から、泣《ない》じやくりが僕の體に
前へ 次へ
全16ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング