でも逃げないと危いからつて、あたしとお富どんで、抱へるやうにしてやつと渡らせたの。あたしも若菜さんも平氣なものよ。あんな面白い事なかつたわ。※[#始め二重括弧、1−2−54]大抵な人は一度斯ういふ目に會ふと懲《こ》りるものだが、梅龍は一向平氣なものである。これから却《かへ》つて水が好きになつたと言ふのだから驚く。こなひだも溜池《ためいけ》に水が出て、梅龍の家の揚板の下まで水が這入つた時も、自分の荷物だけはちやんと二階の安全な所へ納つて置いてから、尻つぱしよりで下をはしやぎ廻つたといふ利己的な奴である。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 やつと湯本の福住へ着いて、やれ安心とお湯へ這入つてると、こゝも危くなつたから、又逃げるんだつて言ふの。大變な雨風《あめかぜ》で傘も何もさせやしないのよ。姐さんは、お金がないと困るつて、信玄袋だけ持つて逃げたの。
 やつと別館へ着いたと思つたら、姐さんが目を廻してひつくり返つて了つたの。別館にはもう大勢お客が逃げて來てゐるのよ。するとそのお客の中から、大學生見たいな方がどういふ訣だか、マントで顏を隱して、コップに注いだ葡萄酒をマントの下から出して下すつ
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