んは恐い顏をしてよ。「梅ちやん。お前さん、知つてゐて隱してゐるんぢやあるまいねえ。人間てものは、かういふ時には妙な氣を起し易《やす》いもんだから、氣を附けなくちやいけないよ。お前さん若し持つてるなら、お願ひだから出してお呉れ。」つて言ふんでせう。あたし何だか氣味が惡くなつて來て、「だつて、これは姐さんのでせう。」つて、懷《ふところ》から紙入を出して見せたの。すると姐さんは尚《なほ》と恐い顏になつてよ。「ほら御覽。持つてるぢやないか。よそ樣の物を懷へ入れるといふ事がありますか。」つて言ふの。「だつてあたし姐さんのだと思つたんですもの。」つて言ふと、「直ぐ下へ持つてつてお返しして入らつしやい、」つて言ふのよ。それから、あたし下へ持つてつて、「今よく探しましたら、戸棚のわきにありました。」つてその奧さんに渡したの。奧さんは幾度も幾度もお禮を言ふのよ。ほんとに、あたしあんなに困つた事は無かつたわ。顏がぽつぽして、汗びつしよりなの。
 それから仕度《したく》をして外へ出ると、ざあざあつて雨なの。橋を渡らうとすると、橋の板が一枚々々めくれさうにしてゐるのよ。姐さんは死んでも渡るのは厭だつていふの。
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