わ。
 たうとうその晩は夜明かしよ。
 朝の三時頃にお星樣が見えたの。その時のみんなの喜びやうつたら無かつたわ。
 明くる朝は、又雨風がひどいのよ。いつまでそこの藝者屋にもゐられないし、それにもう塔の澤は一體に危《あぶな》くなつたから、今度は湯本《ゆもと》の福住《ふくずみ》へ逃げるんだつて言ふのよ。
 出ようと思ふと、床の間に紙入が一つ乘つてるのよ。あたし姐さんのだと思つたから、澄まして自分の懷に入れつちまつたの。すると、そこへどつかの奧さんが上つて來て、「あの、若しやこの床の間に紙入が乘つてはゐませんでしたかしら。」つて、あたしに聞くのよ。さあ、あたしどうしようかと思つちまつたわ。あたしは確に姐さんのだと思つてるけども、若し姐さんので無ければ、その方のに違ひないでせう。でもそこで自分の懷から出して聞いて見る譯にも行かないわ。自分の懷から出して見せて、若しその奧さんのだつたら、きまりが惡いでせう。だから、あたし目を白つ黒しながら、「いいえ。そんな物ありませんでしたよ。」つて云つたの。さうすると、「さうですか、どうも失禮しました。」つて、その方は直ぐ下へ降りておしまひなすつたの。
 姐さ
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