を懷《ふところ》に捩《ね》ぢ込んで出たの。ところが慌てて福神漬の口の方を下にしたもんだから、お露《つゆ》がお腹《なか》の中へこぼれてぐぢやぐぢやなの。氣味が惡いつたらなかつたわ。
 外へ出ると、眞暗で雨がどしや降りなの。半鐘《はんしよう》の音だの、人の騷ぐ聲だのは聞えるけど、一體どこにどの位水が出たんだか、まるで分らないのよ。兎に角向う側の春本つて藝者屋へ逃げるんだつて言ふから、あたしも附いて行くと、もうそこの家は人で一ぱいなの。鈴木のお客さんをみんなそこへ逃がしたんでせう。下駄なんか丸でどれが誰のだか分らないやうに澤山脱いであるの。
 その内に向う川岸の藝者屋が川へ落ちたつて言ふのよ。なんだか少し恐いと思つてると、水力《すゐりよく》が切れて電氣がみんな消えてしまつたの。
 蝋燭を上げますから一本宛お取りなさいつて言ふ人があるの。それからみんな手探りで一本宛貰ふのよ。あたしそつと二度手を出して二本取つてやつたわ。あたし達はそれから二階へ通されたの。貰つた蝋燭は、大根《だいこ》の輪切《わぎ》りにしてあるのを臺にして、それへ一本宛さして、みんな自分の前へ一つ宛置いてるのよ。姐さんはお守りを
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