若菜と大食《たいしよく》のお酌の兩大關と言はれてゐる。梅龍の話に喰べ物の出て來ない事は決して無い、※[#終わり二重括弧、1−2−55]水の出たのはその明くる日の晩よ。あたしお湯へ這入つて髮を洗つてゐたの。洗粉を忘れて行つたんでせう。爲方がないから玉子で洗つたのよ。臭くつて嫌ひだけど我慢して。さうすると、なんだか急にお湯が黒くなつて來て、杉つ葉や何かが下の方から浮いて來るのよ。妙だと思つてると、お富どんが飛んで來て、「水ですから、逃げるんですから、水ですから、逃げるんですから。」ッて大慌《おほあわ》てなの。何だか分らないから、よく聞くと、山つなみとかで大水が出たから逃げるんだつて言ふんでせう。それから大急ぎでお湯を出たの。髮がまだよく洗ひ切れないんでせう。氣持が惡いから香水をぶつかけたら、尚臭くなつちまつたの。爲方がないから洗ひ髮をタオルで向う鉢卷なの。好い著物は汚《よご》すといけないからつて、お富どんがみんな鞄の中へ納《しま》つてしまつたんでせう。あたし宿屋の貸浴衣の長いのをずるずる引き摺つて逃げ出したの。でも若し喰べ物が無くなると困ると思つたから、牛の鑵詰と福神漬の鑵詰の口の明けたの
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