も知れぬ小さい神社があった。そこの境内には青萱が繁っていた。最早絵筆を取る心はなかった。怪しきまでに魂を浴泉の美女の為に奪い去られたのであった。
社前の拝石に腰を掛けて、深い溜息を吐《つ》いていると、突然、空中から薄黒く細太き蛇が降って来て、危く直芳に当ろうとした。びっくりして飛上った。
蛇は忽ち鎌首を擡《もた》げて、直芳を咬《か》むべく向って来た。それを急いで矢立で打った。
それにも挫《ひる》まず又向って来た。已《や》むを得ず脇差を抜いて切った。はずみで蛇の首は飛んで社前の鈴の手綱の端《はな》に当った。すると執念にもそれに咬み付いたまま、首だけで生きているのか、ビクビク暫くは動き止《や》まなかった。風もないのに鈴が鳴るのは、その為であった。
「誰かが投付《なげつ》けたのでは有るまいか」
蛇が空から降りようはないので、直芳は心着いて、青萱の中に眼を配った。そこの一部が少しく動揺するのを認めて、さてはかしこに隠れたる曲者《くせもの》の仕業と、脇差で青萱を斬り斬り進んだ。果してそこに人が潜んでいた。逃げ出しかけたのを引っ捕えんとして、びっくりせずにはいられなかった。それこそ浴泉の美
前へ
次へ
全17ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング