からであった。丈にも余る黒髪を、今洗い終ったところらしかった。それからまた離れた川中に、子供の群が泳ぎ戯れてもいた。
首から下を緑青の水に浸している若き婦人。それが絵になるとかならぬとか、そうした考えも何もなかった。いきなり直芳は矢立の筆の先を墨壺に突込まずにはいられなかった。
もう少しで書き終ろうとした時に、ふいと婦人は上を見た。岩が覗くその又上から人が覗いているのを認めて、この上もない驚き方をして、水鳥が慌だしく立つ様に、水煙を立て逃げ出した。
直芳は悪い事をしたと悔いた。そうして声高く、
「胡散《うさん》の者では御座らぬ。三面村へ参る者。米沢藩の御典医の一行が、薬草採りに参ったのじゃ」
そう呼んだけれど、婦人は振向いても見なかった。濡れた腰巻のまま、岸に置いた衣類を引抱えて後をも見ずに走り出した。子供達も皆同じように逃げ出して、忽《たちま》ち人の影は見えなくなった。
直芳は茫然《ぼうぜん》としてそこにいた。幻影が無惨にも破れたのであった。
二
その間《ま》に川向うには三面の里人が、異様な風俗で多数現われた。不意に異人種が襲来して来たように、敵意を含ん
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