で見るらしかった。いくら呼んでも丸木船が有りながら、それを出してはくれなかった。そこで、漸《ようや》く発見した浅瀬を銘々|徒渉《としょう》する事になった。
「立騒ぐには及ばぬ。我等は決して敵意ある者ではない。薬草採りに参ったのじゃ」
 漸く里人に納得さして、村一番の長者|小池大炊之助《こいけおおいのすけ》の家へと案内させた。
 大炊之助は池大納言《いけだいなごん》三十二代の後裔《こうえい》だというのであった。平家の落武者がこの里に隠れ住む事|歳《とし》久《ひさ》しく、全く他郷との行通《こうつう》を絶って、桃源武陵の生活をしていたのだけれど、たまたま三面川に椀《わん》を流したのから、下流の里人に発見されたという、そうした伝説が有るのであった。
 鷲ヶ巣山《わしがすやま》、光鷺山《みつさぎやま》、伊東岳《いとうだけ》、泥股山《どろまたやま》などの大山高岳に取囲まれて、全くの別世界。家の建築も非常に変っていて、六月というに未だ雪避けの萱莚《かやむしろ》が、屋上から垂れていて、陰気臭さと云ったらないのであった。
 勝成裕と立花直芳とのみ座敷へ通った。他の従者は庭で徒渉に濡れた衣類を乾かすのであ
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