。何とそこへは行かれぬか。大江戸にてはこの土地のように、他郷の者に河中《かわなか》の髪洗いを見られたとて、不吉な事のあるなんど、その様ないい伝えは御座らぬ。その土地へそなたが行けば、立派に縁談が纏まるのじゃ。さてその良人には、拙者が進んで成り申そう」
「えッ、お前さまが、わたしを……」
「まことに打明ければ、拙者はかの髪洗いを一目見て、命も入《い》らぬとまで、そなたに思いを懸けた。されば、拙者ゆるされたら、この土地の者と成ってもよい。が、それよりも、そなたが、拙者と一緒に、この土地をひそかに逃げ出しては下さらぬか」
「まァ何という出し抜けの縁談であろう」
「それがいやとなら、是非もない、改めて拙者は、そなたの手にて、毒蛇の為に咬まれよう。おう、殺されよう。死ぬ方が増しじゃ。遂げ得ぬ恋に長く苦しむよりは」
「それ程まで不恙《ふつつか》な私をば」
 人の言葉を信じるのは、まことに人なれぬ里人とて早過ぎる程に早かった。それにまた説く者の誠意の表現も、熱烈を極めた為にでもあった。もうここまでになると、言葉はどちらからも発しないのであった。
 ただ青萱が、そよそよと戦《そよ》ぐばかりであった。

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