んじゃ》に参詣した時に純之進は芝居の板番付が新しく奉納額として懸っているのを見出した。純之進は芝居が好きなので、武士ながら内密で、江戸三座の新狂言は大概見物に行っていた。
「おう、七変化芝居大一座――珍らしいな」と純之進は云った。
「はい、先月この境内に掛りました」
「この別庵《べついおり》の尾上小紋三《おのえこもんざ》と申す者の肩書に、七化役者《ななばけやくしゃ》としてあるのは珍らしいな。どういう事を致すのか」
尾上小紋三――七化役者――それに目をつけられたので、今まで答えていた丹那の庄屋を初め、ゾロゾロ付随していた村の者の多くは、急に顔色を変えたのであった。
すると浮橋村から来ていた庄屋というのが、無頓着に。
「へえ、それは、私共の村へも参りましてござりまする。大評判で、実に不思議な芸をして見せました。一人で七役も勤めまするので、小紋三と申しますのが、お染、久松、小僧、尼、子守女、女房、雷鳴様にまでなりまする。それから忠臣蔵を致します時は、先ず五段目でも、与一兵衛から、定九郎、勘平、テンテレツクの猪《しし》まで致しました。それで、どうもこれは、飯綱遣《いいづなつか》いであろう。
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