でなくは切支丹《きりしたん》ではないかと、韮山《にらやま》で興行の折は、江川太郎左衛門《えがわたろうざえもん》様の手代衆が一応お調べになりまして、確かに魔法|妖術《ようじゅつ》ときめて、既に獄門にもなろうとしましたのを、江川の旦那様がお聞きになりまして、再お調べで、その時申開きが立って放免になりましたという。まことに珍らしい芸人でござりました」とくわしく説明した。
「ふむ、それを当村でも先月掛けたのだな。豊年祝としてなァ」と純之進は凶作を言立てられぬように釘を刺した。丹那村の者は皆苦い顔をして項垂れた。
その中にヒョイと一人、面《おもて》をもたげて、さも嬉《うれ》しそうに、ニヤニヤと笑った者があった。それを見た純之進は、ゾッとした。これぞ一昨日《おととい》箱根の国境から見え出した謎《なぞ》の男。昨日《きのう》山路に掛ってから、駕脇《かごわき》に幾度となく近よって物云いた気にした者であった。
今日こそはこっちから話しかけて見ようと構えたけれど、鎮守の社内を出てからは、もう見えなかった。
この日は丹那だけの巡検で終り、再び山田家に泊ったが、またしても夜半に昨夜と同じ夢を見て唸された。
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