進は布団の襟に顔を隠して、後には寝た振をしていたのであった。
 とても成功しないと諦らめたのか。もう女軍襲来は絶えて了ったけれども、純之進は興奮の結果、なかなかに眠られなかった。眠られぬまま、昨日からの事をいろいろと考え出している中に、どうも合点の行かぬ事が一ツあるのであった。
 昨日箱根山中で、誤って出迎えの人数の中に数えた若者が、今日もまた矢張見えたのであった。
 大場から平井、丹那の山に入ってからは、幾度となく駕《かご》の側まで来て、何か訴えたいような表情をしては、切出しかねて、又見えなくなった。しかもその顔色が土気色をしていて、月代《さかやき》が延びて、髪の結びもみだれて、陰気この上もない挙動なのであった。何か村方の秘事について密告私訴するつもりではなかろうか。そういう風にも取れたのであった。
 スーッと微かに襖を開く音がしたので、純之進びっくりして、今までの追想を打切りにした。そうして又しても村の娘が小笠原流で来たのではあるまいかと、不快に思わずにはいられなかった。もう何も持って来る物も尽きた筈だ。今度は素手で来て、御手足でも揉みましょうと云出すかも知れない。そうしたら一喝し
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