し切ってもいなかった。良心の呵責に耐え切れず、漸く見出した隙間を見て、お鉄の家の裏庭から、崕《がけ》を雑草に縋《すが》りながら、谷地の稲田の畦路《あぜみち》にと降りた。
 やれ嬉しやと思う間もなく、パッと上から罠《わな》が落ちた。左脇の下から右の肩上に掛ったと思うと、キュッと締められた。と早や一気に釣上げられた。身は宙にぶら下った。
「先生、何んだって這《こ》んな真似をなさるの。どんな事が有っても逃がしませんよ」
 上には憤怒に上釣《かみづ》ったお鉄の声がガンガンと響いた。

       三

 僅かの差で帰って来たお鉄が早速の投縄で、竜次郎の脱走を留《と》めたので有った。高手小手に縛り上げて、裏の中二階に転がし放しにして、其|傍《そば》でお鉄はやけからの茶碗酒を呷《あお》りながら、さも口惜しそうに口を切った。
「何んだって先生、逃げ掛ったのです。一寸私が油断してる間《うち》に……それも他の用で私は出たのでは有りませんよ。須賀津《すがつ》の溜《たまり》から胡麻鰻《ごまうなぎ》を取って来て、丸煮で先生に差上げて、少しでも根気を附けて上げましょうと、それは私の一心からで、人手にも掛けず選
前へ 次へ
全36ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング