べど叩けど答えも無かった。其他三四軒を訪れたが、悉《ことごと》く断わられた。
 途方に暮れて竜次郎と小虎とは、再び元の渡し口まで帰った。もう夜に入《い》って宵月が出て居った。
「皆此身の不覚からだ。此分では江戸へ帰ったとて、よしや師が健在でも、面目無さに顔が合されぬ。思案を之れは仕替えねば相成らぬで、さあ如何《どう》か小虎。お前は拙者に構わず、先へ行きやれ」
「そんな事が出来ますものか」
 小虎の声は真剣で有った。
「失礼ながら私は、腹巻の中に、少しは貯えが御座います。布川の町まで行けば、古着屋も御座りましょう。夜を幸い、さあ一息」
 竜次郎の手を引いて、堀割端を行こうとした。
「まあ、お待ちよ」
 蘆の間に女の声がした。それは生縄のお鉄なので有った。

       九

「着物を取上げたのは私です。腰の物から何から残らず私が隠したのよ」
 お鉄は竜次郎と小虎とを手荒に引放して、其中間に立って怒吼《どな》り付けた。
 小虎は吃驚《びっくり》して顫《ふる》え出した。竜次郎はお鉄と知れては、口を利く事が出来なかった。蝦蟇《ひきがえる》に見込まれた蚊も同然で有った。
「這《こ》んな事が有る
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