りませぬ」と小虎まで蒼く成った。
「藻切りに心奪われて、此方《こちら》には気が着かなんだが、何時《いつ》の間に、何者が」と竜次郎憤激しても、如何《どう》しようも無いので有った。
遠寺の鐘さえ鳴り出した。一瞬《ひとまたた》き毎に四辺《あたり》は暗く成るのであった。冷たい風は二人の肌に迫るので有った。
「兎に角、人家のある方へ廻って、其方《そなた》の濡れた着物も乾そう、拙者の紛失物も人手を加えて探して見よう。誰か盗人の姿を見た者が有るかも知れぬで」と竜次郎は先に、立木台下の方へと蘆原を進んだ。小虎も後から附いて来た。
手甲脚半の他は裸の竜次郎、下帯に小刀をさした風は、醜態此上も有らぬ。奇禍とは云いながら、何んという有様。皆|是《これ》剣道の師の命令に叛《そむ》き、女侠客の為に抑留されて、心ならずも堕落していた身から出た錆《さび》。斯う成るのも自業自得と、悔悟の念が犇々と迫った。
台下の農家、取着きのに先ず入ったが、夜に入っては旅の人に取合わぬ此土地の淀《おきて》と云い張って、閾《しきい》から内へは入れなかった。事情を訴えても聴くので無かった。
次の一軒、其所は大急ぎで戸を締めて、呼
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