。此方《こちら》を睨んだ眼の凄さと云ったら無かった。此奴《こいつ》が正しく藤蔓を断ったのだ。
「私、少しは泳げます。大丈夫で御座います」
 小虎は然う云いながら、傘を捨て、平泳ぎに掛った。一手二手《ひとてふたて》でも其水泳に熟達しているのが見えたので竜次郎は安心して、「兎に角此方へ……」と、麾《さしまね》いた。
 女が泳げると見て向河岸の悪僧は、頭から湯気の立つ程|赫怒《かくど》して、
「やい、女、新堀割の人喰い藻を知らねえか。此所へ落ちたらそれ限《ぎ》りだ。藻や菱《ひし》が手足に搦《から》んで、どうにも斯うにも動きが取れなく成るんだぞ。へへ、鯉でさえ、鮒《ふな》でさえ、大きく成ると藻に搦まれて、往生するという魔所だ。おぬし一人で渡るのなら、何も這《こ》んな悪戯《いたずら》はせんのだが、若い男と連れなのが癪なんだ。其所で女|奴《め》、死んで了えっ……それとも俺に助けて呉れというか。頼めば船を出してやるが……」と其|憎体《にくてい》さと云ったら無いので有った。
「何んだ狗鼠《くそ》坊主、死ねばとて貴様なんかに、助けて貰うものかよ。これ、此通り、泳げるわいな。人喰い藻が何んだえ」
 小虎は
前へ 次へ
全36ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング