高島田、化粧をした顔の美艶《びえん》、竜次郎は恍惚《こうこつ》たらざるを得なかった。もう途中で落ちはせぬかという懸念は無く成ったが、あの儘自分だけで渡り終って、先を急ぐとて独《ひとり》で行って了いはせぬか。それが気遣われるばかりで有った。
やがて其半途まで綱渡りを進めた。両岸からは如何《いか》に高く藤蔓を張っても、其中心に当る点は、自然々々にたるみが出来て水面近く垂れているので有った。それに人の身の重量《おもみ》が加わったので、危く水に漬りそうにまで成った。それすら小虎は巧みに越した。もう其難場は越したので、一息|吐《つ》くかと思う頃。
「あっ」
小虎の鋭い叫びと殆ど同時に、巌畳《がんじょう》に綯《な》ってある藤蔓縄が、ぷつりと断《き》れた。小虎は水音凄まじく新利根の堀割に落ちた。竜次郎の驚きは絶頂に達した。
七
「巫山戯《ふざけ》た真似をしやあがる。俺が渡さねえようにして置いたのに、船を取りに綱渡りで来やあがるなんて畜生、醜態《ざま》あ見やあがれ」
向河岸の楊柳の間に、何時《いつ》の間にやら以前《もと》の悪僧が再現して手に鰻裂《うなぎさき》の小庖丁を持っていた
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