悪僧は再び手桶を提げて、蘆の間に忽然《こつぜん》と姿を隠した。何んという無慈悲な坊主だろう。人を助ける出家の身が、鰻掻きをして殺生戒を破るさえ無茶苦茶なのに、彼岸に達する救世《ぐせい》の船。それを取上げて了《しま》ったので有った。一体何寺の何んという坊主だろう。憎さも憎しと竜次郎は、歯軋《はぎし》りをして口惜しがった。併し新利根川の堀割を隔てているのて、如何《どう》する事も出来なかった。
「此上は他の渡しのある処まで廻り路でも行くの他は無い。ちぇっ、憎っくき坊主|奴《め》」と憤慨した。
「旦那様、御心配なさいますな。私が船を取って参ります。向河岸まで行くのは、何んの仔細は御座いません」と事も無気《なげ》に小虎が云った。
「えっ、船を取りに向河岸へ行く」
「私は女軽業師、幸い斯うして、彼方《あちら》から此方《こちら》へ、藤蔓が引渡して御座いますから、それを伝って行けば何んでも無い事で御座います」
「成程なあ」
 普通の者には出来ぬ芸だが、女軽業師の小虎としては、何んの造作も無いので有った。一座を脱出する時に、変り易い秋の空を気遣って、手当り次第に雨傘を持出したのが、図らず此所で役に立っ
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