女とで、縺《もつれ》れるように巫山戯《ふざけ》ながら、船を呼ぼうとしやあがるな。誰が狗鼠《くそ》、遣るもんか」
五十間も隔たる向河岸ながら、手に取るように其|独言《つぶやき》が響くと間もなく、手桶を置いて片手ながら、反対に舳《みよし》の縄をぐっと引いた。
二人掛りのが忽《たちま》ち、片手に敗けて、出掛った船は、逆戻りをした。
「あっ、和尚さん、お頼みだ。病人見舞に一足を争う処。臨終に間に合うか合わぬか、二人に取っては大事の処故、船は此方《こちら》へ願いまする」と竜次郎は声高に嘆願した。
「駄目だっ、畜生」
片手ながら力一杯。悪僧がぐっと引いた。二人も一生懸命力の限り引いた。少時《しばらく》綱引きの力競べになった。空船は途中で迷っていたが、坊主がうんと頑張る途端に、艫《とも》の縄がぷつりと切れて、二人掛りの方が敗けた。船は全く坊主の手で向河岸に引付けられた。もう空船を此方へ引寄せようは無く成ったのだ。
「醜態《ざま》あ見やあがれ。さあ大廻りしろ。此近くに渡しはねえのだ。俺はこれで溜飲が下ったぞ。これですっかり好い気持だ。どれどれ最《も》少し鰻を掻き上げねえと、酒代が出て来ねえや」
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