次郎は手繰り始めた。罪有る者とは云え、兎に角人の自由を奪うべく縛り上げた捕縄を、人助けの渡しの綱に遣うというのは、廃物利用にも殊に意味深く覚えられるので有った。
「あれ、私が手繰りますわ」
 小虎が代って手繰ろうとした。
「いや、女に力を出させては気の毒、それに袖を濡らすと宜しく無い」
 竜次郎はそれを遮切《さえぎ》って、矢張自分で手繰るので有った。それを小虎も手伝った。船は向河岸を離れて、空の儘《まま》七八間、藤蔓の輪を滑らせながら動き出した。

       六

 此時、突然、向河岸の蘆間に、大入道の姿が出現した。鼠地《ねずみじ》の納所着《なっしょぎ》に幅細の白くけ帯を前結びにして、それで尻からげという扮装《なり》。坊主頭に捻鉢巻《ねじはちまき》をしているさえ奇抜を通越した大俗《だいぞく》さ。それが片手に水の滴たる手桶を提げて、片手に鰻掻きの長柄を杖に突いていた。破戒無残なる堕落坊主。併し其眉毛は濃く太く、眼光は鋭く、額には三ヶ月形の刀痕《とうこん》さえ有った。
 水滸伝《すいこでん》の花和尚《かおしょう》魯智深《ろちしん》も斯《か》くやと見えるのであった。
「畜生、若い男と若い
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