竜次郎の男振りは、一入《ひとしお》目立って光るのであった。
「途中でも女と道連れになんか成らないようにして下さいよ。よござんすか。私の乾漢《こぶん》は何処にでもいますからね。ちゃんと見ていますよ」
「大丈夫だ。今は唯師の身の上を思うばかり……それに次いでは御身の事を」
 竜次郎はそう喜ばせて置いて、いよいよ前途を急ぎ出した。福田の台地を越して市崎《いちざき》へ出たのは、ほんの一息で有った。
 自由の身と成りながらも未だ強力な或物に後髪を引かれるように思われて成らなかった。お鉄の勢力の絶倫な為に、如何に今まで圧迫されていたか分るので有った。
 釣られた魚の魚畚《びく》を出て、再び大河に泳ぐような気が、次第次第に加わって来た。今度は江戸の方へ引附けられて行くので有った。
「少しも早く師の許へ」
 師の陣風斎という人は、実際|轗軻《かんか》不遇の士。考えれば考える程気の毒で成らなかった。斎藤弥九郎《さいとうやくろう》、千葉周作《ちばしゅうさく》、桃井春蔵《ももいしゅんぞう》、それ等の剣道師範に比べて、敢て腕前は劣らぬのだ。けれど他が何千という弟子を取り、幕府或は諸侯から後援せられているに関ら
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