から一塊の黒い物が現われて、それが段々とこちらへ近づいて来る。
「何でしょう。怪物じゃないかしら、」
「鉄砲を忘れて来ちゃった。どうしよう。」
と二少年はもうそろそろ騒ぎ初める。
「何でもありゃしない。鉄砲を発《う》った処が、こんな処じゃ一寸も利目はありゃしない。あれは多分桂田博士だろう。」
「博士でしょうかしら。」
と、語りながら、少年は尚|怖々《おずおず》と見守っていると、その黒い物は次第に近くよって来る。
 矢張人間だ。
 それが半布《ハンケチ》を振り出した。こちらからもそれに応じて各自にハンケチを振った。
「博士だ※[#感嘆符三つ、36−下−3] 博士だ※[#感嘆符三つ、36−下−3]」

    数万丈の谿谷に博士と再会

 近付くのを見ると、いよいよ博士だ。二少年はバラバラと駆け出してその側によると、桂田博士は微笑しながら、
「どうだ大分元気がいいじゃないか。」
「僕らは愉快で愉快で堪らないんです。」
と筆談をやっている中に月野博士も近づいて握手しながら、
「君が不意に居なくなったものだから、どうしたのかしらと思って大変心配したさ。それで今探しに来た処なんだ。」
「そうかそれは済まなかった。」
と軽く会釈して、
「とにかく、それじゃ帰りながら話しをしようじゃないか。」と先に立って、
「君らの来るのを待っている中にあの山に昇って見ようと思って、頂上に行くと石の恰好のいい奴があったものだから、ナイフで紀念碑を彫《きざ》んで、それから後ろに行くと谷から落ちたんだ。」
「そうか、あの紀念碑を見たから君が無事だった事を知って安心したのだ。それから僕らもあの後ろの崖から飛んで下に降りたのだ。」
「面白いですねえ。」と光雄は横合から鉛筆を引手繰って「僕はあの石を踏み外した時はもう死んで終ったと思ったんだけれど、どうも変だと思って眼をあけるとフウワリと落ちているんでしょう。どうしたんだかさっぱり訳らなかったんです。」
「ははあ。そりゃ吃驚しただろう。」
と打ち興じつつ、今度はアルプス山の谷間を伝うて一まず飛行器まで引き上げた。

    月世界の日課。探検と修繕工事

 一同無事に打ち揃うて引き揚げたが、次に起る問題はまず吾々の地球へ帰るために飛行器の修繕だ。
 空気は前に空気孔を発見したので、二月間は支える事を得るが食料は一月足らずしか貯蓄《たくわえ》がないのだから、どうしてもそれまでにはこの飛行器を修繕しなければならないのだ。
 評議の末六人を二組に分け、一方は月世界の探検、一方は飛行器の修繕とした。勿論、月野博士が前者を率い桂田博士が後を受け持つので。それに助手を一名ずつ、それから二少年の中、晴次を月野博士に光雄を桂田博士につけて、いよいよその日から定めの日課に取り懸った。
 まず月野博士の一隊は二十日の食料を分割して各自の腰に結び付けて出て行った。後には桂田博士が二人を相手に一生懸命、羽根の破れやら、器械の破損などを一々修繕している。
 三人が一心になって働いた揚句は、地球でいえば十八日目に、目出度《めでたく》出来上った。
 博士は一応詳く検査した上で、
「よし。これなら大丈夫だ。初めよりはよくなったくらいだ。これで探検隊さえ帰って来ればいつでも出発出来る。」
「何日くらいで帰れるでしょう。」
「まず一週間だね。」
「じゃもう十日ほどで又日本へ帰れるんですね。」
「どうだ。もう弱ったか。」
「何弱るもんですか。」
と元気よくいって窓の処へ覗いたが、
「やあ帰って来ました。帰ってきました。」
「そうか。」
と博士も助手も一様に窓に出ると、如何にも三人の探検隊は各自に山のような荷物を背負って意気揚々として帰って来た。
「どうだ。結果は。」
 まず桂田博士が尋ねると、月野博士は快活な調子で、
「余程変った現象があるですねえ。」といいながら、包を下して、その大風呂敷を拡げると、中から出たのはいずれも地球上でいまだ見た事もない珍奇な物ばかりだ。修繕方の三人が驚いて見ていると、博士は得意気にまず、珍妙な形をした人形の土器を出して、「これが、例のヒマラヤ山の後方から二十里ばかりの処に石塊の間に転がっていたのです。余程珍らしいもので、これが僕の一番の土産です。これによって見ると、始めにはきっと月にも人類が生存していたに違いない。でその人間は地球上の石器時代くらいの程度まで進化して滅亡したものらしいです。」
と幾十となき古代遺物をさらけ出しては、宛然小児が珍らしい玩具でも貰ったように、一人でホクホクして喜んでいる。
 博士は暫くその獲物に夢中になっていたがやがて思い出したように桂田博士の方を振り向いて、
「貴方の方はどうです。」
「僕の方も先刻出来上った。」
「そうですか、それは何より目出度い。いよいよそれでは明日にでも出発しますかな。」

前へ 次へ
全6ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング