じょ》というのが紅絹《もみ》の片《きれ》で眼を押えながら宿直に当った。
 この土地冬は雪多く、夏は又蚊が少くないのであった。団扇《うちわ》使いは御寝《ぎょしん》の妨げと差控え、その代り名香をふんだんに、蚊遣り火の如く焚くのは怠らなかった。それも併し、時の過ぎるに従って、昼間のつかれに二人とも、居眠りせずにはいられなかった。
 高田殿は広き白紗《はくしゃ》の蚊帳の中で、身を悶悩《もんのう》させずにはいられなかった。眼はただ一人助かったなれど、その代り右の手の甲を毒虫に螫《さ》されたので、それがいつまでも痛痒《いたがゆ》くて何んとしても耐えられぬのであった。
 それにいつの間にやられたのか、その手の甲と同じように、背筋にも痛痒さを覚えるので、それを自から掻こうとしても、手の先は巧く思う壺に達せぬ事を怠緩《もどか》しがった。
 それや、これや、中々に眠りに就けなかった。寝られぬままに考えると、怪しき事のみ今日は多かった。
 大田切の路傍で見た旅商人の若衆、関川で見た巡礼の若衆、最後に黒姫山の裾野で見た武家若衆。同じ人か。別の人か。三ヶ所で見たのは、扮装《いでたち》は別々ながら、いずれも高田城
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