の間には、松平越後守光長が入り、奥座敷上段の間には、御後室《ごこうしつ》高田殿が入られたのであった。
 老女笹尾を筆頭としてお供の女中残らずが、黒姫の裾野の怪旋風に両眼殆ど潰れたも同然、表方の侍とても皆その通りで、典薬が手当も効を見ず、涙が出て留度《とめど》が無かった。
 されば本陣御着にても、御湯浴、御召替、御食事など、お側小姓も、お付女中も、手の出しようが無い為に、異例では有るが本陣の娘、宿役人の娘など急に集めて、御給仕だけはさせたのであった。
「駕籠の戸を笹尾が早う閉じたので、妾《わらわ》だけは目を痛めなんだ。したが、皆の者、今宵は早う眠るが好い、左様致したなら翌日《あす》は治ろう。好《よ》う一畑の薬師如来を信仰せよ」
 御後室はそう云って、自分にも早くより蚊帳を吊らせ、寝所にと入られたのであった。
 高田を立って二日目、女中達は皆足を痛めている上に、眼まで今日は痛めたので、行燈の光さえ眼眩《まぶ》しいところから、宿直《とのい》の人を残して、いずれも割当てられた部屋部屋へ引下った。
 お次の間には老女笹尾が御添寝を承わり、その又次の間が当番の腰元二人、綾女《あやじょ》、縫女《ぬい
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