あと》に立った老女|笹尾《ささお》が、結び草履の足下を小刻みに近寄った。
この途端、青嵐《あおあらし》というには余りに凄かった。魔風と云おうか、悪風と去おうか、突如として黒姫おろしが吹荒《ふきすさ》んだ。それに巻上げられた砂塵《すなぼこり》に、行列の人々ことごとく押包まれた。雲か霧かとも疑わした。
笹尾は急いでお乗物の戸を締めた。陸尺《ろくしゃく》四人も立ちすくんだ。手代り四人も茫然とした。持槍、薙刀《なぎなた》、台笠、立傘、挟箱、用長持《ようながもち》、引馬までが動揺して、混乱せずにはいられなかった。
それは併し間もなく吹き抜けて、湖水の方にと去ったのであったが、二百余人の供廻りの、眼を開き得る者は一人も無かった。
「砂が目に入ったので御座ろう」
「いや、虫の群をなしたのが、あの風に巻込まれて、運悪くも眼の中に」
「それならば未だ宜しいが、曲者有って、一時に目潰しでも投げたのでは御座るまいか、ヒリヒリ致してどうも成り申さぬ」
大名行列の大勢ことごとくが、一時|盲目《めくら》になって立往生をしたのであった。
七
信州柏原の本陣、古間内《こまうち》の表屋敷上段
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