りのが、他の土民等と道端に土下座しながら、面を上げてこちらを見詰めていた。弟にてもあるかと思ったが、その場限りの筈の者が関川でも再び現われた。大田切では旅商人の姿であった。関川では巡礼姿。今又この黒姫の裾野にては、旅の武士の姿なのであった。
 同じ人か。別の人か。同じ人とすれば、何んで着物が変るのか。別の人とすれば、三人まで、似たとは愚かそのままの顔。もしや、過ぎし曲者の由縁《ゆかり》の者にて、仇《あだ》を報ぜんとするのでは有るまいか。油断のならぬと気着いた時に、ぞっとした。
 忽《たちま》ち、チクリと右の手の甲が痛み出した。見ると毒虫にいつの間にやら螫《さ》されていた。駕龍の中には妙《たえ》なる名香さえ焚いてあるのだ。虫の入りようも無いものをと思えども、そこには既に赤く腫れ上っていた。
「これ、誰《た》そ、早う来てたもれ。虫に手を」
 乗物の両脇には徒歩《かち》女中が三人ずつ立って、警護しているのに、怪しき若衆を度々見る事も、今こうして毒虫に螫された事も、少しも心着かずにいる。高田殿はそれが腹立たしくもなった。
「はッ、御用に御座りまするか」と徒歩女中には口を利かせず、直ぐ駕籠|後《
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