空頼みと云わば云え、希望に輝く旅立であった。
 新井《あらい》の宿《しゅく》より小出雲坂《おいずもざか》、老《おい》ずの坂とも呼ぶのが何となく嬉しかった。名に三本木の駅路《うまやじ》と聴いては連理の樹《き》の今は片木《かたき》なるを怨みもした。
 右は妙高の高嶺、左は関川の流れを越して斑尾《まだらお》の連山。この峡間《はざま》の関山宿に一泊あり。明くる日は大田切、関川越して野尻《のじり》近き頃は、夏の日も大分傾き、黒姫おろしが涼しさに過ぎた。今宵の本陣は信州|柏原《かしわばら》の定めであった。
「ハテ、不思議や」
 梨地金蒔絵、鋲打《びょううち》の女乗物。駕籠《かご》の引戸開けて風を通しながらの高田殿は、又してもここで呟《つぶや》かれた。
 それは、大田切を過ぎる頃からであった。いつぞや寝所間近く忍び寄った曲者《くせもの》が有った。危く御簾《みす》の内にまで入って、燈火《ともしび》消そうと試みたのを、宿直の侍女が見出して、取押えて面《おもて》を見れば、十七八の若衆にして、色白の美男子であった。
 それは併し磔刑《はりつけ》にして、現世《このよ》に有るべき理が無いのに、その時の若衆そっく
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