こうかッ」
 燃えるが如き復讐心を抱いて、機会の到来を待っているのであった。
 今ここで武道者を殺害した滝之助は、その血の滴たる鎌を洗うべく御手洗池《みたらしいけ》に近寄った。蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]《いもり》が時々赤い腹を出して、水底に蜒転《えんてん》するのは、鎌の血と色を競うかとも見えた。
 滝之助は血鎌を洗う前に、清水を手に掬って、喉の乾きを癒《い》やさずにはいられなかった。大男の圧迫がかなり長く続いたからであった。
「滝之助、美事に遣りおったな」
 不意に後から声を掛けられたので、滝之助は吃驚《びっくり》した。次第に依ってはその人をも殺して罪を隠そうと、身構えながら、振向いて見た。
「おう、先生!」
 いつの間に来たのやら、まるでそれは地の底からでも湧き出したかの様。白髪を後茶筌《うしろちゃせん》に束ねた白髯《はくぜん》の老翁。鼠色の道服を着し、茯苓《ぶくりょう》突《つ》きの金具を杖の代りにして立っていた。
「でかしたでかした。敵は大男じゃ、しかも諸国武者修業人じゃ。道場荒しの豪の者を鎌で一息に遣りおった。見事! 見事!」と老翁は賞め立てた。
「思い切って片付けました」
「油断をしたのが敵の運の尽きじゃ」
「先生、早速差上げます。印籠はこれで八十六で御座りまする。後十四で百に揃いまする」
 滝之助は武道者から取った朱塗の釘貫の黒紋の印籠を老翁に手渡した。
「確かに受取った。や、人まで殺して取ってくれたか」と老翁は大喜び。
「百の数が揃いましたら、その代り霧隠れ雲隠れの秘薬の製法、御伝授下さりましょうなァ」
「や、人まで殺した執心に感じて、百までには及ばぬ。八十六でもう好い」
「でも、百の印籠から取出した薬の数々を練り合せ、それに先生御秘蔵の薬草を混ぜたのが、霧隠れ雲隠れの秘薬とやら」
「それには又それで秘事口伝が有る。や、今夜拙老の隠宅へ来なさい、何事も残らず打明けて語り聴かそう。それよりもこの屍骸《しがい》じゃ。人目に触れぬ間に、埋め隠くさねば相成らぬ。林の中には薬草の根元まで掘下げた穴が幾つも有るで、その中の大きなのを少し拡げるまでじゃ。拙老が手伝うて遣わすぞ」
「何から何まで御親切な」
 滝之助は感激した。
 この老翁そもそも何者ぞ。見掛けは仙家の者ながら、敢て殺人の罪を憎まぬのみか、屍骸取片付けの手伝いまでする。見掛け倒しの曲者《
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