なんでも昨年は、暗闇の間に、余程奇怪な事が行われたと申すが、それはほんの噂に過ぎぬのか。それも本統にあった事かな」
源八郎はこの旅商人が去年の祭にも来ていたというのからして、探りを入れて見たのであった。
旅商人は少し真面目《まじめ》になって、
「旦那のお聴きになったのは、どんな出来事でございましたね」と問い入れた。
「されば、なんでもどこかの侍が数人とも顔面を何者にか知れず傷つけられたと申す事で」と明白《あからさま》には源八郎云わなかった。
「や、それは私として、初耳でございますが、私の聴きましたのは、ちっと違いますので」
「どんな話か、肴に聴きたいもんだな」
そう云いつつ、猪口《ちょこ》代用の茶碗をさした。
三
旅商人は四辺《あたり》に気を配り、声を低めて、
「実は旦那、去年には限りません、毎年この暗闇祭には、怪しい事があるんでございますよ。ですが、それをぱっとさせた日には、忽ちお祭がさびれっちまうので、土地の者は秘し隠しにして居りますがね。昨年のはちっと念入りでございましたよ。女がね、お臀《しり》の肉を斬られたんでね。なんでも十二三人もやられたらしいんで。
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