共に川岸に出て、青蘆を分けて船の胴の間に飛ぶと、船は動揺して、浪の音がピタリピタリ。蘆の根の小蟹《こがに》は驚いて、穴に避《に》げ入るのも面白かった。
その船を岸から離れぬ様に櫂で突張っている女船頭は、客人が武家なので、編笠を冠っていては失礼と、この時すでに取っていたので、能くその顔は武家の眼に入った。
成程、弁天様より美しい。色は浜風に少しは焼けているが、それでも生地は白いと見えて、浴衣の合せ目からチラと見える胸元は、磨ける白玉の艶《つや》あるに似たり。それに髪の濃いのが、一入《ひとしお》女振を上げて見せて、無雑作の櫛巻《くしまき》が、勿体《もったい》無いのであった。
若殿は恍惚《うっとり》として、見惚《みと》れて、蓙《ござ》の上に敷いてある座蒲団《ざぶとん》に、坐る事さえ忘れていた。
そこへ、梨の実を手拭に包んで片手に持ち、残る片手に空の瓢箪を持って、宗匠も乗込んで来た。
「惜しい事をしましたね。こうと寸法が初めから極っていたら、酒肴《さけさかな》は船の中で開くんでしたね。美しい姐《ねえ》さんに船を漕いで貰う、お酌もして貰う、両天秤を掛けるところを、肴は骨までしゃぶッて、瓢
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