あなた方にそんな事も御座いますまいが、どうかそのおツモリで」
「そいつは大変だ」
「それで気は優しくッて、名代《なだい》の親孝行で御座います」
 そう説明している間《うち》に、早や船は岸のスレスレに青蘆《あおあし》を分けて着いた。
 青い二ツ折の編笠に日を避《よ》けていた。八幡祭《はちまんまつり》の揃いらしい、白地に荒い蛸絞《たこしぼ》りの浴衣に、赤い帯が嬉しかった。それに浅黄の手甲脚半《てっこうきゃはん》、腰蓑《こしみの》を附けたのが滅法好い形。
 だが、肝腎《かんじん》の顔は見え無かった。
「お嬶さん、毎度、お客様を有難う」と船の中から挨拶したその声が又|如何《いか》にも清らであった。
「有難い有難い、これが本統の渡りに舟だ。さア御前、御出立と致しましょう。ここの取りはからいは万事愚庵が致しますから、さアさアお先へお先へ」と宗匠は若殿を押し遣《や》る様にした。
「しからば参ろう、茶店の者、手数《てかず》を掛けたな」
 若殿は羽織を着て、大小を差し直し、雪駄《せった》を穿《は》いて、扇子で日を避《よ》けながら茶店を出た。
「御機嫌よろしゅう」と茶店の女房が送るのを後にして、供の市助と
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