」
三
お嬶《かみ》が呼びに行ったが、間もなく帰って来て、
「じきに参ります。船をここのすぐ下まで廻させます。お値段のところは、お分りになっている旦那方ですから、わざッと極めて参りませんでしたから、そこは宜しい様に……」
「や、魚の買振りで、すッかり懐中《ふところ》を覗《のぞ》かれたね。その分で茶代もハズムと思っていると大当違《おおあてちが》いだよ」と宗匠は引受けて弁じ立てた。
そこへ早や一隻の荷足《にた》り船《ぶね》を漕いで、鰕取川《えびとりがわ》の方から、六郷《ろくごう》川尻の方へ廻って来るのが見えた。
「あれだな」と若殿が扇子で指した。
「左様で。あれで御座います、近くなる程綺麗に見えます」
「遠くでも光って見えるね」と又しても宗匠が口を出した。
「あの艪《ろ》を漕ぐ腰ッ振が好う御座いますね」と市助までが黙ってはいなかった。
「あなた方、前以てお断りして置きますが、あれで色気と云ったら些《ちっ》ともありません。冗戯《じょうだん》が執拗《しつこ》いと直き腹を立てまして、なんでも、江戸の鳶《とび》の衆を、船から二三人|櫂《かい》で以て叩き落したと云いますからね。
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