ろう」
 六浦琴之丞、起上って極り悪るそうに、帆の下から顔を出して。
「えらい夕立だッたね」
 こちらの二人は顔を見合せて。
「まア好かッた。しかし、顔色がお悪いね。未だ御腹痛かも知れない」
「腹痛に雷鳴に女船頭、三題|噺《ばなし》ですね」と囁《ささや》き合った。

       七

 秋晴の気も爽やかなる日に、羽田要島の弁天社内、例の茶店へ入来《いりきた》ったのは、俳諧の宗匠、一水舎半丘《いっすいしゃはんきゅう》。
「お嬶《かみ》さん、いつぞやは世話になった」と裾の塵を払いながら、床几《しょうぎ》に腰を掛けた。
「おや、今日は御一人で御座いますか。この夏には余分にお茶代を頂きまして……」と嬶さんは世辞《せじ》が好い。
「や、お嬶さん、今日は一人で来たけれど、お茶代はズッと張込むよ。小判一枚、投げ出すよ」
「へへへへ、どうか沢山お置き下さいまし」
「いや、冗談じゃア無い、真剣なんだ。その代り悉皆《すっかり》こっちの味方になって、大働きに働いて貰わなければならないんだがね」
「へえ、お宝になる事なら、どんなにでも働きます」
「実は、例の羽田の弁天娘、女船頭のお玉に就いてな」
「分りまし
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