す。第一、海から来る風の涼しさと云ったら」
 茶店に休んで、青竹の欄干に凭《よ》りながら、紺地に金泥で唐詩を摺《す》った扇子で、海からの風の他に懐中《ふところ》へ風を扇《あお》ぎ入れるのは、月代《さかやき》の痕《あと》の青い、色の白い、若殿風。却々《なかなか》の美男子であった。水浅黄に沢瀉《おもだか》の紋附の帷子《かたびら》、白博多《しろはかた》の帯、透矢《すきや》の羽織は脱いで飛ばぬ様に刀の大を置いて、小と矢立だけは腰にしていた。
 それに対したのが気軽そうな宗匠振《そうじょうぶり》。朽色《くちいろ》の麻の衣服に、黒絽《くろろ》の十徳《じっとく》を、これも脱いで、矢張飛ばぬ様に瓢箪《ひょうたん》を重石《おもし》に据えていた。
「宗匠は、なんでも委《くわ》しいが、チト当社の通《つう》でも並べて聞かしたら如何《どう》かの。その間《うち》には市助《いちすけ》も、なにか肴《さかな》を見附けて参るであろうで……」
「ええ、そもそも羽田の浦を、扇ヶ浜《おうぎがはま》と申しまするで、それで、それ、此地を要島、これは見立で御座いますな。相州《そうしゅう》江《え》の島《しま》の弁財天《べんざいてん》と
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