中間こそ好い面の皮。
「ねえ、御前、故人の句に御座いますね。涼しさや帆に船頭の散らし髪。これはしかし、千石船か何かで、野郎の船頭を詠んだので御座いましょうが、川船の女船頭が、梶座に腰を掛けているのに、後から風が吹いて、アレあの様に乱《ほつ》れ毛《げ》が頬に掛るところは、なんとも云えませんな。そこで、涼しさや頬に女船頭の乱れ髪。はははは字余りや字足らずは、きっと後世に流行《はや》りますぜ」
 相変らず宗匠、駄弁を弄《ろう》している間に、酔が好い心持に廻ったと見えて、コクリコクリ。後《のち》には胴の間へ行って到頭横になって了《しま》った。
 宗匠の坊主頭と、梨の実と、空瓢箪と、眉間尺《みけんじゃく》の三ツ巴。コツンコツンを盛んにやったが、なかなかに覚めなかった。
 市助も舳で好い心持に寝て了った。
 若殿と女船頭とただ二人だけ起きているのが、どちらからも口を利かないから、静かなものだ。
 蘆間の仰々子《ぎょうぎょうし》もこの頃では大分鳴きつかれていた。
「姐さん……」
「はい……」
「お前の名は何んと申すか」
「……玉《たま》と申しますよ」
「お玉だね……玉川の川尻でお玉とは好い名だ
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