田の漁師町も川の方から見ると綺麗だ。それに餓鬼《がき》どもが飛込んで泳いでるのが面白い」
「先の方を見ると、大師様の御堂の御屋根が見えるくらいで、何んの変哲もないが、後の方をこうして振向いていると、弁天様の松林が、段々沈んで行くのが見えて嬉しい」
「なに、生きた弁天様のお顔が拝みたいのでしょう」
「実は金星、大当りだ。はははは」
二人が他愛も無い事を云って笑い騒ぐのに、若殿のみは一人沈黙して、張切った帆の面をただ見詰めていた。その帆の破れ目から、梶座《かじざ》にいる娘の顔を、ただ一心に凝視《みつ》めていた。
宗匠が持込んだ梨の実と空瓢箪とが、船のゆれに連れてゴロゴロ転がって、鉢合せをするのを、誰も気が着かなかった。
だが、帆の破れ目からチラチラ見るくらいでは物足りぬ。傍近《そばちか》く見もし又語りもしたいので。
「宗匠、この胴の間は乗心地は好いに違いないが、西日が当ってイケない。同じくは艫の方へ移って帆を自然と日避けにしたいものだが」と若殿は云い出した。
「なる程、それが宜しゅう御座いましょう。さアこちらへ……こうなると市助どん、お前は邪魔だから、舳《へさき》の方へ行っていなさい
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