《ああ》、あのお玉が海賊の娘かい……どうもこれは飛んでも無い事が出来て了った」
「ねえ、先生、それはそうで御座いますが、どうにかそこがならない者で御座いましょうか。父親《てておや》は海賊でも、母親は善人で御座いましてね、それにあの通り娘は出来が好いので御座いますから、これは私の慾得《よくとく》を離れて、どうにか纏めて遣りたいもので御座いますが……」
「それがどうもそう行かない。や、行かない訳が有るんだ。なるべくなら愚庵も纏めて遺りたい。又六浦家の方でも、ナニ海賊なら大仕掛で、同じ泥棒でも好いよと、マサカ仰有《おっしゃ》りもしないが、そう仰有ったところで、娘の方で承知出来ない」
「へえ、それはどういう訳で御座いますか」
「その海賊竜神松五郎を退治《たいじ》た浦賀奉行は、六浦の御先代、和泉守友純《いずみのかみともずみ》様だ」
「えッ」
「琴之丞様の父上が御指揮で、海賊船を木更津沖まで追詰めて、竜神松五郎に自滅をおさせなさったので、それが為に五百石の御加増まで頂いていらッしゃるので、お玉の父の敵は琴之丞様の御父上、敵同士の悪縁だから、纏まりッこは無い」
「なる程、それじゃア夫婦にはなれませんや」
悪縁というのは正しくこれだ。今の若い人の考えで見ると、恋愛は神聖だ。親と親とが、どんな関係だろうが、子は子で又別の者だ。互いに愛し合っているのに不思議は無い。早速自由結婚をしよう、戸籍面なんかどうでも好いという風に、ドシドシ新解釈で運んで了うが、天保時代にはとてもそうは行かなかった。
金儲けになる事だから、どうにかして纏めたいと考えたのだが、こればかりはどうにもならぬので、宗匠と茶店の嬶さんと顔を見合せて、溜息を吐《つ》くばかり。
此時、葭簀《よしず》の陰で、不意に女の泣声がした。喫驚《びっくり》して見ると、それはお玉。
「まアお玉さん、聴いていたかい。まア能く三人で相談を仕直すから、こちらへお出《い》で」と、嬶さんが云うのも肯《き》かず、そのまま走り出した。
「や、飛んだ事になったね。早く行って留めなければ身を投げて死ぬかも知れないね」と半丘も顔色を変えた。
「なに、泳ぎが出来るから、身は投げませんよ。投げても浮いて死なれやアしません」
これは道理《もっとも》だ。
九
一水舎半丘の報告は、どの位琴之丞をして失望せしめたか分らなかった。病気は益々悪くな
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