って来た。六浦家の後室《こうしつ》始め、一門の心配は一通《ひととお》りではなくなった。
「どうも半丘宗匠の取調べが物足りねえ様に私は考えます。なる程お玉という娘の父親は竜神松五郎という海賊かも知れませんが、そんな奴には種々《いろいろ》又|魂胆《こんたん》がありまして、人の知らねえ機関《からくり》も御座いますから、再調《さいしら》べの役目を私奴《わたくしめ》にお云附《いいつ》け下せえまし」と中間市助が願い出た。
「なる程、それはそうだ。ではも一度調べて見てくれないか」
 こいつも運動費をウンと貰って、飛出して行った。他へは行こう筈がない。矢張《やはり》弁天社内の茶店であった。
「おや入《い》らッしゃいまし。どうも飛んだ事で御座いましたねえ」と嬶《かみ》さん未だに以て、ガッカリしていた。
「お嬶さん、今度は私が調べに来たんだ。礼はウンと出すよ。宗匠は何程出したか知らねえが、この市助はケチな上前なんか跳ねやアしねえ。五十両出すよ、五十両」
「それがねえ、五十両が百両お出しになりましても、いけないので御座いますよ」
「いけねえのは分っているが、そこを活《い》かすのが市助の智謀なんだ。お前にしろ、宗匠にしろ、正直だからいけねえのだ。俺に法を書かせるとこういう筋にするんだ。好いかい、先ず羽田で一番慾張りで年を取った者を味方に附けるんだ。その年寄にお玉の素姓を問合せて見たところが、その年寄の云うのには、あれは松五郎の実の娘では御座いません。これには一条の物語が御座いますと云わせるんだ」
「ああそんな役廻りなら、宅の隠居をお遣い下さいまし。慾張りでは羽田一番ですから」
「そこで、その一条の物語というのを書卸すのだがね。竜神松五郎が房州沖で、江戸へ行く客船を脅《おびや》かして、乗組《のりくみ》残らず叩殺《たたきころ》したが、中に未だ産れ立の赤ン坊がいた。松五郎の様な悪人でも、ちょうど自分の女房が産をする頃なので、まア、それに引かされて連れて帰って見ると、自分の子は死んで産れたところで……これこそ虫が知らせたので、ちょうど好い。産婦に血を上《あが》らしてはいけねえと、連れて来た赤ン坊を今産れたと偽る様に産婆と腹を合せてその場を繕《つくろ》ったのが今のお玉。実のお母親《ふくろ》の気でいても全くは他人、この魂胆を知っているのは松五郎の生前に聴いた俺《おれ》ばかりだ……とお前のところの隠居に
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