な女で、妾は妾のことを北欧の名門の生れだとさえ吹聴しているのです。
 私が慇懃《いんぎん》に彼女に、
 ――お祝いしますよ、アダ。トア・ズン・ドルの板場稼ぎよりその方が僕にとってどのくらい嬉しいかわからないのです。
 するとアダはレデイ振《ぶ》って、右足を後に引いて心もち腰をかがめる犬の真似をした。(彼女が堅気らしくコオセットのボタンに仕掛けた護身用の爆弾の火薬の臭がする。病毒にもましてこれは危険きわまる女らしさ。)
 ――Y、妾が契約の最期の営業を終えたときは夜も白々と明け渡っていたのです。人間というものは甘みとか、苦しみとか臭さ、そういう性情が生活に適応して、そこに味《あじわ》いとか臭とか、或いは他の感覚が惹起《じゃっき》するものなのです。妾は即座にカバレット・トア・ズン・ドルにお別れを告げると、ローヌ河でパンツを洗濯してすっかり清浄な心と魂を持つ女になったのです。――それから、妾はコルシカで英雄の鏡を買うと地中海でその女大学に読み耽《ふけ》りました。ポートサイドでレモンの皮のはいった塩水で嗽《うがい》をしてスエズ運河の両岸の夜景に挟まれて身の丈を長くした妾は天晴《あっぱ》れ一人前
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