離れて、エルアルズのコーカサスの山脈が静かに黒海に映るころになって、トレビゾンドの赤土のプラットホームに女実業家達が下車すると夜は神秘に地球はハンモックのなかで眠りだすのです。すると僕はとんでもない忘れものをしたことに気が付いて象徴的にさえ感じられる露西亜の暗闇を疾走する列車の窓から北欧に向ってわめきたいような衝動にかられるのです。僕はマルセーユのカバレット・トア・ズン・ドルの東洋の女を一人忘れものしたのです。
 話の尾を切ってしかつめらしくアダの顔を覗いて見る。するとアダがくすくす忍びわらいして可笑しさがこみあげると、私の脚を嫌というほど蹴って、それからくるりと後向きになるとアダはセルビア戦争で使用したような鼻を鳴らして部屋から飛出してしまった。
 それなのにものの一間もがたがたと床を踏んだかと思うと踵《きびす》をかえして大胆に私を藪睨《やぶにらみ》して、英国人らしく鼻に疣《いぼ》をつくって、
 ――まあ、Y。妾は悔しいのです。いつまでも妾を女騎兵中尉だなんて思わないでください。貴方が妾をスラブ民族みたいに取扱うのはとりもなおさず妾を馬鹿者あつかいにしている証拠です。いまでは妾が立派
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