――しあわせなことに汽車がブルガリア領に入れば商人は伊太利人の武士気質に禍《わざわ》いされなくて思うままに我意を通すことができるのです。僕は着ていた猫の舌で一杯の衣服を脱いで、しかつめらしく恋の密輸入物をトランクにしまうと一寝入りするつもりで車窓からボスニヤ平原に咲く砂糖黍《さとうきび》の花の香《にお》いを嗅いでいるうちに、すっかり追想的になってしまったのだ。汽車が土耳古《トルコ》に這入ると車中の美しい女はみんなばたばた下車してしまって孟買までの通しの切符を持った英国人の布教師の博物館のような顔と、目に見えて黒いものが車室にふえてくるのです。ボスボロス海峡で過去の汚いものを洗い清めて東西の国境に足をまたげ、土耳古の空を見上げたときは現代の世界が実業家によって支配されるってことが非常に僕を得意にしてケマル・パシャが尻に錨《いかり》をつけて黒海を泳ぐさまさえ可笑《おか》しかったのです。コンスタンチノーブルから乗りこんだ女実業家の数人が談論の花を咲かして、僕を勇気づけてくれたにもあるのだが僕はいまに土耳古が商工業に於ける世界の中心地にさえなると思うのです。
 ――しかしやがてイスポリの燈台を
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